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王者の魂

写真:スタン・ハンセンの左腕をアームロックで締め上げるジャイアント馬場

プロレス Advent Calendar 2015の16日目(実質6人目)の「王者の魂」です。16日目。「16」といえば、16文。

現在はプロレス団体と言えば、インディー団体も含めれば数えきれないほどある。しかし、ワタクシが少年の頃は、全日本、新日本、そして国際の3団体時代。「8.26 夢のオールスター戦」なんてのもありましたね~。

ワタクシが中学生だった頃は、毎週金曜夜8時に「ワールドプロレスリング」があり、長州力の維新軍、初代タイガーマスクなんかで盛り上がっていて、同じプロレスファンでも圧倒的に猪木ファンが多かったですな。でもね、ワタクシ、その頃から一貫して馬場さん派でした。

「王者の魂」というのは、馬場さんの晩年の入場テーマ曲。たしか、もともとは馬場さんの3,000試合連続出場を記念したLPレコード用に作曲されたんじゃなかったかな。会場ではしばらく使われることもなく、ずーっと日本テレビのスポーツテーマだったのよね。なんで馬場さんにはオリジナルのテーマ曲がないのか、子ども心に不思議に思ってました。



新日本が全日本からブッチャーを引き抜いたとき、ディック・マードックを引き抜いたとき、ブロディ&スヌーカを引き抜いたとき、そして地味にキム・ドクことタイガー戸口を引き抜いたとき、なんで馬場さんを裏切って猪木&新間のところへ行くんだよ?と、彼らに対して激おこプンプン丸でした。

それに対抗して、全日本がタイガー・ジェット・シン&上田馬之助を引き抜き返したときは正直微妙でしたが、ハンセンを引き抜き、ダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミスを引き抜いたとき、さらに長州力やアニマル浜口、キラー・カーン、マサ斎藤らの維新軍を引き抜いたときには、人知れずガッツポーズしたものです。その後、ラッシャー木村やアンドレ・ザ・ジャイアント、クラッシャー・バンバン・ビガロ、そしてビッグバン・ベイダーも全日本マットに上がりましたね。

そういえば、新日本で初代タイガーマスクがダイナマイト・キッドやブラック・タイガーなんかと四次元殺法でやりあっていたとき、全日本では大仁田厚を同じジュニアで売り出そうとしましたが、実にしょっぱかったですなあ。さらに、新日本に参戦していたメキシカンのウルトラマンに対抗して、全日本にウルトラセブンが登場しましたが、これも実に......。

写真:テレフォンカード「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させてもらいます。

それでも何でしょうね~。ワタクシ、馬場さん派なんです。高校入試の面接で「尊敬する人は?」と聞かれて、「馬場さんです、ジャイアント馬場さんです。」と即答したのも、良い思い出の一つですね。あ、ちなみに、無事に合格しました。で、その頃から、馬場"さん"と、さん付けしていたことがポイントです。猪木信者の皆さんは「猪木」と呼び捨てですが、馬場さん派は誰もが「馬場さん」なんです。

馬場さんの全盛期のファイトは、リアルタイムでは見ていません。ワタクシがプロレスを見るようになった頃には、すでにスローモーな動きで「アッポー」というのが代名詞な馬場さんでした。それでも馬場さんが好きでした。ジョー樋口が場外乱闘に巻き込まれて不透明決着ばかり続こうとも、それでも全日本が好きで、馬場さんが好きでした。

そういえば、スタン・ハンセンが最強タッグ最終戦のファンクス vs ブロディ&スヌーカに乱入した蔵前国技館。実況の倉持アナウンサーが「あ! スタン・ハンセンだーっ!」、解説の東スポの山田隆さんが「ハンセンですよ!」には興奮しましたね~。あ、解説と言えば、田鶴浜 弘さんもいましたなあ。



その年明けの新春ジャイアントシリーズ最終戦、東京体育館で馬場さんはそのスタン・ハンセンとPWF王座の防衛戦で対決しました。あの当時の馬場さんがスタン・ハンセンと対戦...。ワタクシ、心配で居ても立っても居られなくなり、初めて馬場さん宛にお手紙を書きました。最初で最後のファンレターでしたね。たしか、「16文を打つとき、すれ違いざまのウエスタンラリアットに気をつけてください! アンドレもやられています!」なんて書いた記憶があります。

しかし、それもワタクシの杞憂に終わり、その試合での馬場さんはワタクシが初めて見た、強くて、動きも速くて、そして豪快な馬場さんでした。この試合で「馬場復活!」なんて言われましたね~。ジョー樋口が場外乱闘に巻き込まれて失神するというお約束で終わったものの、馬場さんスゲエ! 興奮と感動がハンパなかった世紀の一戦でした。



そういえば、先日引退した天龍源一郎は、この日ミル・マスカラスのIWA世界王座に挑戦してましたね。入場前のインタビューで「緊張してますけどね、いいほうに緊張してますんで、まあイケるんじゃないですかね。」なんて答えていたのを思い出しました。



先日の天龍源一郎の引退試合、オカダ・カズチカとの一戦はものすごかった。天龍は65歳。ふと、後楽園ホールでの馬場さんの還暦記念試合を思い出した。小橋や川田の猛攻をしのぎ、最後は渕をランニング・ネックブリーカー・ドロップでピンフォール。パートナーには三沢もいた。よくよく考えると、いま、60歳のレスラーで現役バリバリの選手とここまでやりあえる選手はいるだろうか。試合後のリング上で徳光アナウンサーからのインタビューに笑顔で答える馬場さんのコメントも懐かしい。



閑話休題。

なんで、馬場さんだったのか。

「天龍源一郎がメガネスーパー社から新団体旗揚げの話を持ち掛けられ全日本の契約終了後にSWSへ移籍した際(当時、団体の移籍は非常識とされていた)、憤慨していたジャンボ鶴田に対して、「なぁ、人は裏切るより裏切られた方がまだいいだろう」と諭した。」というエピソードがあります。

「プロレスのプロモーター(興行主)としても、NWAに加盟し第一副会長までのし上がったことで世界的に有名であった。アメリカ武者修行時代にプロモーターの指示に絶対に逆らわなかったことや、馬場自身の人柄を買われたことで、全日本プロレス旗揚げ時にNWAのプロモーターだったドリー・ファンク・シニアや、当時ニューヨークの看板選手だったブルーノ・サンマルチノが協力を買って出た。」というような話も何かで読みました。

対して、猪木は口八丁手八丁なイメージがあり、たぶん子供心に馬場さんの人柄みたいなところに惹かれたんだろうなと思います。実際、「人は裏切るより裏切られた方がいい」は、あまり人前で言う機会はないものの、ワタクシの座右の銘みたいなものです。


写真:三沢光晴のスピンキックを喰らう馬場さん


そういえば、生まれて初めてプロレスを観戦したのは、「'79 世界最強タッグ決定リーグ戦浜松大会」でした(ワタクシ、少年時代を浜松で過ごしていました)。馬場さんはザ・シークとのシングルマッチ。ほとんど場外乱闘ばかりの試合で、あっという間に反則決着、しかも馬場さんの反則負けでしたね。前夜から興奮しずぎて、ほぼ一睡もできなかったのは、これまた良い思い出です。

そのとき、試合開始前の売店で馬場さんがグッズ購入者にサインしていたんですが、葉巻をくわえている馬場さんの顔が異常にデカくて驚いたのを今でも鮮明に覚えています。そして、中学生になって、たしか春休みだったかな。東京に単身赴任していた親父にお願いして後楽園ホールに観戦に行ったとき、全試合終了後に駐車場に行って、そこで馬場さんを見つけて喜びのあまり、馬場さんの前腕部に抱きついたというか、しがみつきました。テレビとかで観てると細く見えてた馬場さんの腕が、とてもゴツかったです。あのときの両手の感触は今でも覚えてますな。やはり良い思い出です。


御礼状の写真:本日はご多忙のところ、ジャイアント馬場のお別れの会「ありがとう」にご参列いただきまして、誠にありがとうございました。こうして再び皆様とお会いできてさぞや喜んでいることと思います。ささやかではありますが、会葬の御礼としてポストカードをご用意させていただきました。こここに印刷されている油絵は、ジャイアント馬場が昨年の夏、病床に伏せていた私の実兄を励ますために描いてくれた作品です。今後、皆さまも何かの折に、この絵を見て元気や勇気を出していただければ幸いです。5月2日には午後2時より東京ドームにおきましてジャイアント馬場「引退」記念興行を開催いたします。当日は国内通算5759試合目となるジャイアント馬場の

1999年1月31日。馬場さんとの別れは突然やってきました。

その前年暮れの世界最強タッグ決定リーグ戦の最終戦、日本武道館大会。それが馬場さんがリングに上がった最後の試合。1998年12月5日。ジャイアント馬場・ラッシャー木村・百田光雄 vs 渕 正信・永源 遥・菊池 毅の6人タッグマッチ。この日、武道館の二階席から観戦していました。風邪で体調を崩していたという東スポの記事を大会前に読んでいましたが、試合はいつも通りの明るく楽しい6人タッグマッチでした。

1999年4月、日本武道館で行われたファン葬に参列しました。そのときにいただいたポストカードは今でも大切に保管してあります。馬場さんが趣味で描いていた油絵のポストカードでした。

そして、5月2日、東京ドームで開催された「引退記念試合」も観戦しました。実はこの日の東京ドームで、この8年後に出会うハニーと同じ空間にいたことを後で知ることになります。ワタクシはリングサイド5列目、ハニーはスタンドで生ビールの売り子のアルバイトをしていたそうです。今の自分があるのは、いろいろな意味で、やはり馬場さんのおかげなのかもしれません。


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